来月の機内食
来月の訪星、機内食はどうしようかなぁって思っています。
またシーフードミールにするか、どうか‥。
今、JALのHPを見たら5月のミールが発表されていました。
シーフード レモンパプリカソース
又は
鶏の直火焼き丼
ツナのスモーク、イカのマリネ
カクテルベジタブルとポテトサラダ
フレッシュ サラダ
クリーミー ドレッシング
クリーミーパンナコッタ ラズベリーソース
ロール、 バター
コーヒー、紅茶、緑茶
う~ん迷います。
来月の訪星、機内食はどうしようかなぁって思っています。
またシーフードミールにするか、どうか‥。
今、JALのHPを見たら5月のミールが発表されていました。
シーフード レモンパプリカソース
又は
鶏の直火焼き丼
ツナのスモーク、イカのマリネ
カクテルベジタブルとポテトサラダ
フレッシュ サラダ
クリーミー ドレッシング
クリーミーパンナコッタ ラズベリーソース
ロール、 バター
コーヒー、紅茶、緑茶
う~ん迷います。
四川大地震の発生から今日で1週間がたちました。
連日新聞の一面トップ記事を飾り、明らかになる被害状況は日に日に大きくなっています。
中国の悠久の歴史・文化に魅せられて、何度か訪れている私ですが、少しでも支援したいと思い
テレビ朝日ドラえもん募金「中国・四川大地震、ミャンマー・サイクロン」被災者支援に電話しています。
これは、NTTの固定電話のみ利用できるのですが、1回の電話で105円の募金になります。
1回一人の105円は小さいけれど、たくさん集まったら大きくなります。
募金電話番号 0990-513-006
5月12日午後2時28分(日本時間同3時28分)、中国四川省を震源とするM7.8の大きな地震がありました。
救助活動などもあまり進んでいないようです。
もう今日で地震発生から4日目になりますが、やっと日本からの緊急援助を受入れるとのことで今夕の飛行機で中国に向かった‥とニュースで見ました。
成都や九寨溝に以前行った事があるので、心配です‥。
九寨溝では観光客が取り残された等とも聞きました。
ニュースの映像を見る限り、私が知っている成都の面影はありません。
お世話になった現地のガイドさんは無事だろうか‥
今日、中国政府はこの地震での死者が推計で5万人を超えることを明らかにしたそうです。
ミャンマーのサイクロンも、四川大地震も、人間の力では防げないものだけに余計に悲しいです。
14:00にホテルを出発し上海浦東国際空港へ向けて出発しました。
普通のツアーならバスでの移動ですが、なんとこのツアーは“リニアモーターカー”で向かいます。
空港と地下鉄2号線龍陽路駅間、約30㎞をわずか7分20秒で結んでいます。
ホテルから龍陽路駅迄はバスで約20分、人間だけここからリニアで、大きなスーツケースはそのままバスで空港まで運んでいただきます。
2005年に開通したリニアモーターカー、列車もプラットホームもとてもきれいです。
プラットホームで車掌さんと一緒に記念撮影![]()
中国の列車は女性の車掌さんが多いですね。
以前乗った寝台列車も女性の車掌さんでした。
座席は自由席です。
たったの7分強なので指定は必要ありませんね。
車内は広々としていて、座席もゆったりしています。
音もなく振動もないのでいつ出発したのかわからないほどでした。
最高速度431㎞/hの瞬間です。
ほぼ中間地点で最高速度になるそうです。
431㎞でていても、揺れは殆ど感じません。
私もこの写真を撮るために立ち上がったのですが、大丈夫でした。
この速さで窓から見た外の風景は、道路の車は止まっているように見えました。
あっという間に空港に到着しました。
ゆっくりとお寺見学をしていましたが、気がつくともう11:30になっていました。
そろそろ昼食にしないとホテルでの集合・出発の時間に間に合わなくなります。
さて、お昼は何を食べましょうか‥昨夜まで中華でもいいかなぁと思っていたのですが、旅行も5日目になり中華料理にもそろそろ飽きてきたので久しぶりの和食にしました。
昨夜のレストランで入手したフリーペーパーを見て、静安寺の隣にある久光百貨店の中に『千登世』という和食のお店を見つけたのです。
写真は久々のアサヒスーパードライ、でも中国語で“朝日啤酒”と書いてあります。
これは私がいただいた“牛肉すき焼き弁当”のようなものです。
すき焼き(牛肉・しらたき・野菜)・お刺身・たくあん・ごはん・味噌汁・果物がついて、65元だったと思います。
65元は日本円では約1000円、中国では決して安い値段ではありませんが、久しぶりの日本の味にホッとしました。

こちらは私以外の3人が食べました。
ちらし寿司・茶碗蒸し・から揚げ・お味噌汁・果物など‥お値段は多分同じ位だったと思います。
こんなところでチャン・ドンゴンさんに遭遇![]()
千登世がある8階はレストランフロアになっていて、その中の1件の韓国料理店の前に‥。
SAMSUNG CARDのイメージキャラクターをやっていらしたのですね。
食後、地階のスーパーマーケーットをざっと見て、来た時と同様に地下鉄でホテルに戻りました。
13:30に荷物出しが待っています。
ホテルに着いたのは13:20、大急ぎで荷物をまとめて何とか間に合いました。
日本料理 千登世
上海市南京西路1618号 上海久光百貨店8楼
5日目、1月2日(火)とうとう最終日になりました。
今朝はモーニングコールなし、出発までフリータイムです。
こんなにいいお部屋、出かけないでお部屋でゆっくり過ごしたい‥という気持ちが芽生えたのも事実ですが、せっかくの上海なので出かけることにしました。

10:00にホテルを出発して向かったのは、『静安寺』。
ホテル近くの地下鉄「陸家嘴駅」から地下鉄2号線で4つ目の「静安寺駅」で下車して目の前にあります。
10:15にはお寺に到着しました。(地下鉄の料金は3元)

ここ静安寺は、三国時代の創建で当初は重元寺(ちょうげんじ)といいました。
唐代に永泰禅院(えいたいぜんいん)と改名し、1008年(北宋の大中祥符元年)に上海静安寺となったそうです。
もともとは呉淞江の北岸にありましたが、1216年(南宋の嘉定9年)に現在地に移されたそうです。
歴史は1800年近くありますが、たびたび戦禍に遭い、ついには仏殿と山門が残るのみとなりましたが、1998年に修復工事が終わり、小規模ながらも威厳のある寺院となりました。
上海静安寺
上海市南京西路1686号
http://shjas.com
(入場料は10元)
最後の夜は、東方濱江大酒店に宿泊です。
先ほどの東方明珠塔のすぐ近くにあり、黄浦江に面して建つ5☆デラックスホテルです。
当初、このツアーは和平飯店に宿泊予定とのことでしたが、改装のため今日より(2007年1月1日より)宿泊客を受け入れないことになったので、東方濱江大酒店に変更になりました。
4年前にもこのホテルには宿泊したことがあるので、私は変更になって内心ラッキーと思っていました。
写真はホテルロビーのクリスマスツリー、中国では春節までクリスマスツリーが飾られています。
和平飯店からは約20分かかり21:50に到着しました。
添乗員さんから渡された部屋は288号室でした。
エレベーターで2階に行って、288号室を探しましたがなかなか見つかりません。
このホテル大きいので(中央部分が吹き抜けのようになっていて、それを取り囲むように部屋が複雑にある)私の探し方が悪いのだと思い、ぐるぐる回ってみましたがなかなか見つかりません。
途中でホテルスタッフに尋ね詳しく聞いたところどうも288号室は奥まったところにあるようです。
やっと見つけた288号室は、一番奥でした。
そしてドアを開けてみてびっくり![]()
多分、私がアサインされたこのお部屋スイートだと思います。
タリフによると、“Business Suite-Bund View”ではないかと思われます。
リビングルームとベッドルームが分かれています。
部屋に入ると、左側にバスルームがあり(これも広い!)、直進するとまずリビングです。(上の写真)
リビングにはソファがけのとライティングデスク、テレビ、ミニバーがあります。
リビングの二人がけのソファの正面にテレビがあります。
上の写真の右側真ん中くらいに写っているのがテレビが収納されている扉で、写真は開いている状態です。
そのテレビの手前にベッドルームへ続くドアがあります。
これは、そのドアからベッドルームを見たところです。
リビングと同じかそれ以上の広さがありそうです。

ベッドルームです。
椅子がある側は後ろは一面窓です。
反対側は一面クローゼットになっていました。
もちろん、ベッドルームにもテレビがありました。
そしてベッドサイドのナイトテーブルには、ミネラルウォーターとチョコレートとクッキーも用意されていました。


バスルームです。
バスタブとシャワーブースが分かれています。
バスタブも大きめなのでお湯をためてゆっくり温まれます。
アメニティも殆ど揃っていて、シャンプーなどはCARVENです。

ミニバーには、湯沸しポット・コーヒー・紅茶等一通りそろっていました。
部屋からは東方明珠塔の足の部分が見えました。
このお部屋が2階なので仕方ないですね‥。
このホテルは、スタンダードのお部屋でもバスタブも大きく、布団は真綿の布団なので軽くて暖かいことを知っていたので最初から楽しみにしてはいたのですが、まさかこんないいお部屋に泊まれるなんて‥。
最後の夜にこんなステキなお部屋に泊まれてとてもラッキーでした。
22:00に部屋に入ったのに、ステキな部屋にすっかり気分が高まってしまった私はなかなかベッドに入れずに、寝たのが深夜2時を過ぎてしまいました。
東方濱江大酒店(Oriental Riverside Hotel)
中国上海市浦東濱江大道2727号
(No.2727 Riverside Avenue Pudong, Shanghai 200120, China)
テレビ塔から20分、外灘にある和平飯店にやってきました。
ここの北楼1階にある『老年爵士酒吧(OLD JAZZ BAR)』でしばしジャズに酔いしれます。
この和平飯店には南楼と北楼がありますが、この北楼は1929年建築のサッスーン・ハウスが前身で、重厚な構えが魅力です。
南楼は旧パレスホテルです。

演奏するのは、平均年齢70歳を超えるおじいちゃんジャズマン達‥。
1時間位、ジャズを堪能しました。
このバーはひとつの観光スポットになっているので、要予約です。
私達はツアーでしたのでガイドさんが予め予約をしてくれていたので入ることができましたが、店内はいっぱいでした。
この翌月に同僚が上海に行くというので、このバーをおすすめしたのですが予約なしで行ったら断られてしまったそうです。
もし、行かれる方がいたら要予約です。
21:30、もっと聴いていたい気持ちを残しながら和平飯店を後にしました。

約30分でアジア一高いテレビ塔『東方明珠塔』へ到着です。
高さは468m、東京タワーが333mですからどのくらい高いか想像してみて下さい。
上海浦東地区、黄浦江という川沿いにありとても目立っているテレビ塔です。
このあと行く、和平飯店のある外灘はちょうど川を挟んで向かい合っているかんじです。
展望台まで上がりましたが、天気が悪かったので景色はほとんど見えませんでした。
とっても残念‥。
以前、昼間に来たことがありますがその時のほうがよく見えました。
東方明珠塔
上海市浦東世紀大道1号
中国語ですがHPはコチラ
『豫園』に到着しました。
豫園は、旧上海城の北東部に位置する庭園で、江南地域の古典庭園の中でも特に優れたもののひとつで、面積は約2万㎡。
明代の私庭園で、四川省の布政使という役人だった藩允端が故郷を懐かしむ父・藩恩のために造営したそうです。
この写真は、豫園といえば必ずといっていいほどでてくる“湖心亭”です。
仰山堂からみた大暇山で、この景色は豫園を代表するものだそうです。(写真がもっとよく撮れていればよかったのですが‥)
仰山堂‥1866年創建の楼閣で、仰山堂の前にはベランダ風廊下があり、目の前に広がる美しい池と奥の大暇山を観賞することができます。
この写真は漸入佳境の入口にある鉄の獅子です。
元代の1290年に鋳造されました。
この獅子像は日本占領時代に日本に持ち去られましたが、その後戻ってきて再びここに置かれたそうです。

龍が上部で泳いでいる“龍壁”と呼ばれる壁です。
先頭には粘土でできた龍の頭があり、胴体の鱗を瓦を使って表現しています。
その姿はリアルに表現されていて、今にも飛び立ちそうです。
屋根の塑像もよくできています。

内園への入口前に建っているのが、江南で最も有名な奇石である“玉玲瓏”です。
その複雑な形が見る者を釘付けにして離さないほどすばらしいもの、だそうです。
豫園の見学を終えた後、17:10まで自由時間になりましたので賑やかな豫園商城を散策しました。
本当にここはいつ来ても混んでいます。
お土産に少し中国茶を買いました。
写真は豫園商城にあるスターバックス、中国でもスタバは高くて日本とたいして変わらない値段です。
次は、ツアーの皆さん揃っていただく最後の食事、豪華?カニ全席です。
バスは約1時間半で上海に着きました。
その間、皆さんのお昼寝タイムになったことは言うまでもありません‥。
まずは、“芸術品展覧中心(Art Article Exhibition Center)”というとても立派な建物に‥。
とても高価な展示品を見学した後にショッピングタイムになりましたが、買いたい物は何もなし‥。
1時間後に外に出ると、この写真のように空は曇っていました。
ツアーなのでこういうところに立ち寄るのも仕方ないのですね。
この後、豫園へ向かいましたが、ちょっと手前でバスを降りて上海老街を歩いていきました。
この時、雨が振りだしました。
これから、豫園を見学し、夜には東方明珠電視台の展望台にも行くのに‥。
では少し町の様子を‥
これは運河沿いの道にあった『飴屋さん』です。
おじさんが一生懸命に飴を伸ばしています。
一つずつ包装されたものが箱に入って1箱10元位(10~15位は入っていた)だったと思います。
麦芽糖みたいな素朴な甘さでした。
『焼き芋』です。
橋のたもとで売っていたのでみんなで買っていただきました。
一つ3元位だったと思います。
日本で食べる焼き芋より、甘さは少ないような気がしました。
外をずっと歩いていたので、暖かい焼き芋がおいしかったです。
なんと牛乳の受箱を発見!
中国でもあるんですね、牛乳の宅配。
それに、日本では見かけなくなった木製の受箱が使われています。
(日本では今は殆どプラスチック製)
“双喜乳品”というのは乳製品メーカーの名前か販売店の名前なのでしょうね‥。
私も宅配で牛乳・ヨーグルトを取っているので見つけてちょっと嬉しくなりました。
さて、これ一体何だと思いますか?
食べ物の後でちょっと紹介しにくいのですが、実はこれ『便器』だそうです。
もちろん、現在でも使用しているそうですよ。

4日目、1月1日(月)はちょっとゆっくりめに7:30に起床しました。
出発は9:45、まず甪直(ろくちょく)へ向かいました。
約45分で到着です。昨夜のお疲れかちょっとウトウト‥
蘇州の東約28kmにある江南水郷三明珠のひとつです。
2000年以上の歴史をもつ町で1k㎡の面積の中に水路が迷路のように巡り、その水路の上には72の石橋がかかっていたそうです。(現在は42残っているそうです)
甪直の名の由来は、運河が「甪」字形にめぐらされ、町の東に直港があることからとか、神話の一角獣「甪獣(ろくじゅう)」が現われた地であるとか諸説があるそうです。
これは、入口にあった「甪獣」の像です。
甪直古鎮景区の入場料は60元、これから見学する景区内のお寺などの入場料も込みです。

船を下りてバスで約20分、22:20頃に寒山寺に着きました。
写真は楓橋大街ですが、電気がついてこんなにきれいです。
右に昼間撮った写真を並べてみました。
この時間から人がたくさんです。迷子にならないよう気を付けなくっちゃ‥

ここで少し自由時間になりました。
当初は、お寺への出入りは自由(もちろん特別のパスを持っている)かと思ったのですが、一度出てしまったら再入場は不可とのことでしたので、ならば中に入る前にお寺の周りを自由に散策しましょう!ということになりました。
とは言っても人人人なのであまり自由はききませんが‥。
地方歌舞・曲芸・民間工芸品の実演などもやっているようでした。
私達は、お坊様たちの梵音を聴きました。
これだけの人数ですので迫力ありました。
心が洗われるような、清々しい気持ちになりました。

23:15、みんなで集合していざ寒山寺へ‥。
この時間、お寺の中に入れるのはこの“除夜の鐘を聴くイベント”のチケットを持っている人だけ‥なのですがすごい人です。
まず、お土産を引き換えましょう♪ということで引換所に向かいました。
いただいたのは、カレンダー・お数珠等。
引き換えた後は、23:40に鐘楼が見える場所で再集合になりちょっとの間自由時間に‥。
五重の塔もライトアップされてこんなにきれいです。
境内はとにかく人が多くてゆっくり見学‥とはいきませんでした。
なので早々と集合場所に戻ってみると、既に何人か集まっていました。
みなさん考えることは一緒のようで、へたに動き回ると戻ってこられなくなる‥と思ったようです。
例年ですと、もっと寒いのでしょうがこの日は予想より暖かくてよかったです。
もちろん、防寒対策はしっかりしましたけれど‥。
23:40、寒山寺方丈秋爽法師が撞く108の鐘声を拝聴しました。
その後、蘇州市長の新年の挨拶があり、新年をお祝いする花火が始まりました。
せっかくの市長の挨拶でしたが、中国語のわからない私には何と言っているのかさっぱりわからず‥。

花火はこんな感じです。
花火が始まるのと同じくらいに私達は駐車場へと向かいました。
そうです、この後もう一つ大事な行事(年越しそば)が待っています。

18:00、『第28回寒山寺除夜の鐘を聴く活動』へ出発です。
まず、市役所・旅遊局主催の特別晩餐会が行われる“シャングリラホテル”へ向かいました。
ホテルでは2階の大きなボールルームが会場になっていました。
テーブルの上にメニューがあったので写してみました。
このイベントが日中友好のひとつであることから、晩餐会のメニューも日中友好(日本の鰻のかば焼きもあり)でした。
円卓が所狭しと並んでいます。
卓には番号がふられていて、指定された卓に座らなければなりません。
私達は中国人のかたと一緒になりましが、そのかたに伺ったところ上海からこの晩餐会の為だけに蘇州まできたそうです。
会場内には特設ステージが設けられており、食事の進行と同時に市役所・旅遊局の挨拶、文芸ショー(地元の歌手の歌など)、豪華賞品が当たるくじ引き(くじは入場時に全員がもらえます)などが行われました。
ちなみに、くじ引きの賞品は紹興酒・淡水珍珠(淡水パール)など‥でした。
晩餐会は、18:30~20:30頃まで行われました。
続いて、運河でのナイトクルーズに向かいました。
中国五千年倶楽部の忘年お食事会に行ってきました。
場所は、「小尾羊蒙古しゃぶしゃぶ 新大久保店」でした。
いつも連絡をとっているかたや1年ぶり(去年の忘年お食事会以来)にお会いするかた、といろいろでしたがスタッフを含めて皆さん“中国好き”なので楽しく過ごせました。
前菜の「中国風冷奴」、お豆腐は絹ごし豆腐のようでした。
前菜にもう一品、ジャガイモを細切りにしたものとピーマンの和え物がありました。
たしか以前“シリンゴル”(巣鴨のモンゴル料理店)でもジャガイモとピーマンの和え物でたような気がします。
モンゴルではポピュラーなお料理なのかもしれません。
これがしゃぶしゃぶ(火鍋)の“三味薬膳スープ”です。
右側が辛いスープ“麻辣紅湯”、左側が漢方スープ“ヘルシー山珍湯”、奥の白いスープがお肌によさそうな“コラーゲン白湯”です。
四川省成都で食べた火鍋の辛いスープは辛すぎてとても食べられませんでしたが、これは食べられる辛さでした。
しゃぶしゃぶは90分の食べ放題でした。
お肉は羊・牛・豚・鶏の4種類、野菜は白菜・水菜・さつまいも・しいたけ・えのきだけ・にんじん・春菊・長ねぎ・春雨・お豆腐など‥。
お代わりは食べたい物だけ頼むことができました。
羊肉も思ったよりも食べやすかったです。
写真を撮り忘れましたが、“竹筒鶏つみれ”、自家製手打ち二色麺(卵麺とクロレラ入り麺)もいただきました。
デザートはアイスクリーム、バニラか抹茶から選びました。
私は抹茶をいただきました。
アイスクリームというよりソフトクリームのようで抹茶味がさっぱりして美味しかったです。
いつも自分では行ったことのないお店に行けるので楽しみです。
次回のお食事会が楽しみです♪
小尾羊しゃぶしゃぶ 新大久保店
東京都新宿区百人町2-17-3
03-3368-1618

虎丘からバスで10分弱、14:40に世界遺産『留園』に到着です。
蘇州4大庭園であるばかりか、北京の頣和園、承徳の避暑山荘、蘇州の拙政園と並ぶ中国の4大名園の一つとされています。
明代の庭園跡に清代の役人である劉氏が造園したものです。
当時は劉園と呼ばれていましたが、後に持ち主が変わって留園と改められました。
約2万㎡の園内は、山水画の世界のような中央部、宴などが行われた建物群のある東、築山のある西、藤棚などが広がる北の4つの景観で構成されています。
全体的には楼閣が高低差のある回廊でつながれていたり、奇岩が配置されていたりと、自然を生かした人工美の庭園です。
このように建物や奇岩によって高低差をつけて敷地をより広く見せるような造園形式は江南式と呼ばれていますが、留園はその代表的な庭園です。
留園
蘇州市留園路338号

シルク研究所からバスで10分、11:40に寒山寺に到着しました。
今夜の年越しイベントでも訪れますが、昼間の寒山寺も見ておこうというわけです。
梁代の天監年間(502~519年)に創建された臨済宗寺院で、当時は妙利普明塔院という名でした。
寒山寺と呼ばれるようになったのは、唐代のことだそうです。寒山と拾得という二人の高僧がここに住んでいましたが、寒山が住職であったことから、彼の名がついたそうです。
境内はこのような感じです。
日本のお寺とくらべて、“赤”が多く使われていると感じました。
巨大な蝋燭も“赤”です。
今はまだ人もまばらですが、これが夜になると‥。
唐代の詩人、張継(ちょうけい)が「楓橋夜泊」で寒山寺を詠んだことから、広く知られるようになりました。
楓橋夜泊
月落鳥啼霜満天
江楓漁火對愁眠
姑蘇城外寒山寺
夜半鐘聲到客船
夜のイベントの舞台が出来上がっていました。
ここで新年の蘇州市長の挨拶があるのでしょうか‥。
寒山寺
蘇州市楓橋路24号

3日目、12月31日(日)長い1日は午前6時起床から始まりました。
7:00から朝食をいただいて、8:30にホテルを出発しました。
出発までちょっと時間があったのでホテルのまわりを散策してみました。
朝の運河は幻想的でステキです。

ホテルの前にありました。
『叙昌醤園』と書いてありました。
中をのぞいて見ると右の写真のように甕がたくさんありました。
醤油か香酢か何かの醸造元のようです。
再び渡し舟に乗って、向こう岸に渡りバスに乗って蘇州へ向かいました。
8:40バスは出発し、途中一度トイレ休憩をとり、10:20蘇州の『中国江蘇省絲綢(シルク)研究所』に到着しました。
“シルク研究所”と言っても研究機関ではなく、観光客相手に製造工程を説明し、その後はお買い物‥というところです。
ここは、今まで行った中で一番品揃えが多く、ちょっとした小物もセンスのいいものがありました。
11:30、寒山寺へ向けて出発しました。
中国江蘇省絲綢研究所
636 XIYUAN ROAD, SUZHOU, CHINA
渡し舟を降りてホテルまで少し歩きます。
このあたりはまだ再開発途上という感じで、古い建物はありますが内装工事中であったりというところが多く見られました。
1年後に来たらかなり変わっているかもしれません。
今夜のホテル、『通安客桟』に到着しました。
2006年オープンの新しいホテルです。
写真はチェックイン中の添乗員さん&現地ガイドさん。
運河に面して建っているようなので運がよければ運河が見えるかもしれません。

私のお部屋は、235号室でした。
烏鎮唯一のデラックスホテルだけあって部屋は清潔で使いやすかったです。
2006年にオープンしたばかりのホテルだということでした。

バスルームもバスタブとシャワーブースが分かれていてとてもよかったです。
ドライヤーもありました。
このホテル部屋毎に若干つくりが違っていて、私の部屋はベッドルームの奥に小さな小部屋があり右の写真のようなドレッサーがありました。
他の方のお部屋では、ドアを開けて入ったらソファのセットがどーんと部屋の真ん中にあり、ベッドが見当たらず、私のところよりは大きい小部屋がありそちらがベッドルームになっていたというかたもいました。
通安客桟(TONGAN KEZHAN)
129 XIDAJIE, XIZHA, WUZHEN TOWN HANGZHOU
路地のことを『巷(こう)』といいます。
烏鎮のような江南古鎮の巷は一般に狭くて長いそうです。
この巷も狭いです。
一応、この巷が東大街のメインストリートだと思うのですが‥。
今日は運よく人が少なかったのでラッキーでした。
人が誰も写っていない写真なんてなかなか撮れません。
あるご家庭の入口です。
お正月が近いので、飾り付けがしてあります。
以前、高本先生に教えていただいたことを思い出しました。
お正月には、おめでたい言葉が左右に、文字数は確か奇数で、そして「福」という字が上下逆さまに飾ってある‥ということを。
先生のおっしゃったとおりでした。
このご家庭は、【家和人和萬事和】【春到福到吉祥到】とおめでたいいい言葉が飾られています。
漢字なので何となく意味も理解できます。

15:40、烏鎮に到着です。昼食のレストランからは約50分かかかりました。
烏鎮は、上海・蘇州・杭州を結ぶ三角形の真ん中に位置していています。
唐代に街の建設が始まり、宋以降に烏鎮という名が定まったそうです。
古い民家の多くには壁を保護するために黒ずんだ漆が塗られており、この一帯では黒色のことを烏色(からすいろ)ともいうため、烏鎮(うちん)とよばれるようになったといいます。
烏鎮は、運河で結ばれた東大街と西大街という3㎞隔たったふたつのエリアがあり、東大街は観光地として整備され、西大街は庶民の暮らしがそのままに残っています。
東大街の観光をして、その後で西大街に移動し、今夜は西大街のホテルに宿泊します。
今日の昼食は杭州の麺料理の老舗『奎元館(文暉店)』にて麺料理です。
奎元館は1867年創業の老舗です。
博物館からは30分ちょっとかかったと思います。
時間はもうすぐ14時、そろそろお腹も空いてきました。
地元で人気の麺料理店と聞いていたので楽しみにしていました。


魚等の前菜(写真左)、2種類の麺をいただきました。
たけのこと豚肉の麺(真ん中)、きのことラー油の麺(右)でした。
ツアーで訪れることの少ないレストランなので、観光客(一度に大人数に対応)に不慣れなのかお料理が出てくるのにちょっと時間がかかりました。
私達はツアーといっても13人+添乗員+現地ガイドの15人だったのでまだよかったと思いますが、これが30人も40人ものツアーではとても対応できないだろうと思いました。
奎元館
文暉店:杭州市文暉路346号
解放店:杭州市解放路154号

霊隠寺で約1時間半の見学を終え、『中国茶葉博物館』へやってきました。
バスで約10分、西湖西側、双峰村に位置する建築面積3500㎡の博物館です。
お茶を専門に展示する中国唯一の博物館で、四方を茶畑に囲まれています。

茶史、銘茶、茶具、茶事、茶風俗の5つのテーマの展示ホールがあり、茶の歴史、発展、生産技術、文化、栽培法、製法、作法などが詳細に展示されています。
私たちも専門ガイドの案内で博物館を見学しました。


中国の各地方の茶館の様子が再現されていました。
左はチベット族の茶館、右は四川の茶館、真ん中は忘れてしまいましたが、地域・民族によっていろいろな茶館があるものです。
最後は、お茶の試飲とショッピングです。
烏龍茶・プーアール茶・一葉茶(苦丁茶)・龍井茶の4種類の試飲をしました。
やっぱり、杭州は龍井茶の産地ですから龍井茶がおいしかったです。
自分へのお土産に、一級龍井茶(50gで150元)を買いました。
中国茶葉博物館
杭州市龍井路双峰
2日目、12月30日(土)です。
8:45にホテルを出発、午前中は杭州観光をし昼食後、烏鎮へと向かいます。
まず訪れたのは、『霊隠寺』です。ホテルからバスで20分位、西湖の西側・北高峰山のふもとにある古刹です。
インドの高僧「慧理」によって東晋時代326年に開山されました。
この周囲の山々を見渡した慧理が、「ここには仙霊が隠れている」と言ったことから“霊隠寺”の名がついたと伝えられています。
まずは、飛来峰の岩壁にある石仏を見ました。
五代から宋元までに彫られた精巧で美しく風格を持った石仏が並んでいます。(ガイドブックによってその数は338とも334とも‥)
石仏は渓流沿いや洞窟内にありますが、こんなに多く並んでいる光景はそうそう見られるものではありません。

3層屋根のついた大雄宝殿です。
ここには中国最大規模の仏像と言われる金色のお釈迦さまが輝いています。
唐代の仏像をまねて、24本の楠で彫刻し、高さは24.8mあるそうです。
大雄宝殿とは、仏教建築のひとつで中国の寺院での本堂のこと、また大雄とはお釈迦様の意味であることから、大雄宝殿はお釈迦様を本尊としています。
少し自由時間になり“羅漢堂”を見学しました。
羅漢堂の中央には、世界最大の銅製御殿(高さ12.62m)もあるそうです。
五百羅漢の中には自分に似た羅漢が一人はいる‥と言われています。
霊隠寺
杭州市灵(霊)隠路法雲弄1号
夕食を終えて今夜の宿である杭州五洋賓館に到着しました。
慶春路というところにあり、交通便利なようです。
一応4☆です。私の部屋は1116、特別広くはありませんがスーツケースを開けるのにも十分な広さがありました。

無料のミネラルウォーター、湯沸しポット、ティーバッグ、バスルームのアメニティも一通り揃っていました。(ドライヤーもあり)
中国のホテルは湯沸しポットがあるのがいいですね。
お湯を沸かして日本から持参した好みのお茶やコーヒー等飲むとホッとします。
1日目も無事に終了、ちょっと早めの22:00にベッドに入りました。
五洋賓館
48 Qingchun Road Hangzhou(杭州市慶春路48)

待ちに待った夕食です。
機内食を食べてから何も食べていなかったのでお腹すきました。
今夜の夕食は、西湖に近い清波街のレストランで杭州郷土料理です。
左:龍井蝦仁(剥きエビと龍井茶炒め)、さっぱりしていておいしかったです。
右:東坡肉(杭州の太守として功績を挙げた北宋の蘇東坡が杭州の人々にふるまったという言い伝えのある料理で、900年以上の歴史があります。土鍋に皮付き豚バラ肉を入れ、砂糖、ネギ、香辛料などを加えて醤油でじっくり煮込んだ料理です。)お肉がとろけるようでした。

杭州名物料理がまだまだ続きます。
左:干炸響鈴(湯葉のから揚げ、杭州特産の湯葉に豚のひき肉等を包んで揚げたもの。表面はサクサクしていて、口に入れると“鈴が鳴るように軽やかな音がする”ことからこの名前がついたそうです)
右:西湖酢魚(魚の甘酢あんかけ料理。北宋の宋五嫂が病に臥している夫の兄弟の食欲が増進するために砂糖・酢をかけた魚料理を作ったのが最初だといわれています)


ちょっと変わったパンのようなものがでてきました。
表からは普通の包子のようですが、裏返すと真ん中がへこんでいてその部分に具を詰められるようになっています。
食べきれないほどのお料理でお腹も満足です。

雷峰塔からバスで5分、17:00に『河坊街』に着きました。
ここは、清代の町並みを再現していて、道の両側にはお店が並んでいます。
再び17:35にバスで集合ということで、30分の自由時間になりました。


こんな風にお店が並んでいます。
杭州名産の龍井茶を売るお店もあります。
右の写真、『太極茶道苑』は茶芸店ですが2007年6月にTBS世界ウルルン滞在記でも放送されました。
独特のお茶の注ぎ方が注目を集めているようです。

左は“2元ショップ”です。日本の100円ショップみたいなものです。
日本の100円ショップにも売っているようなものから、ちょっとしたお土産にもなりそうなものまでいろいろ売っています。
暗くなって電気がついた店先もまたきれいです。
せめて1時間あれば龍井茶で休憩もできたのですが、30分では急ぎ足で見て歩いて終わってしまいました。
でも、雰囲気があってなかなかよかったです。

西湖からバスで5分、西湖の南側“夕照山”山頂に位置する『雷峰塔』へやってきました。
呉越王の黄妃が子どもを産んだことを祝って、977年に建てられたといいます。
1924年に塔が倒れ、現在の塔は2002年10月に再建されました。
塔の外には階段の他にエスカレーターもありました。(なぜか一方方向のみ)
階段を上って塔の中に入ると、昔の塔の遺跡もありました。

塔の上(展望室のようなところ)から西湖が見えます。
だんだんと日が暮れていく時間、空がピンク色に染まってきました。

展望室の天井にほど近いところには、このようなレリーフ?彫り物?が四方に飾ってありました。
お釈迦様の一生が表されているようです。
展望室に上がって数分後、太陽がもうすぐ沈みます‥。
晴れていたのでとてもきれいでした。
「西湖はめったに晴れない」そうなので運がよかったのだと思います。
杭州着後、スルーガイドさんの出迎えをうけ『西湖』へ向かいました。
このツアー、“添乗員+現地ガイド”のWエスコートなんです。
同行の添乗員さんもよく知っている人で中国語も堪能なのでとても安心です。
空港から西湖までバスで1時間、蘇堤の花港観魚近くから遊覧船に乗りました。
この船で約40分の遊覧です。

西湖は、東西に3.3キロ、南北に2.8キロの楕円形に近い形で周囲は15キロに及び、平均2.5mの深さがあります。
左の写真は、中国人民元の一元札の裏にも使われている西湖十景のひとつ“三譚印月”です。
三譚印月‥小島の南に3本の石灯籠があり、中秋の名月には火がともされます。船上から眺める石灯籠と月光、湖面が美しいそうです。
今回のベストショットです。
夕日と湖畔の柳、そして夕日に染まる湖面がとてもきれいでした。
前に来た時はとても寒くて曇っていたのであんまりいい印象がなかったのですが、今日は比較的暖かく、そして晴れていたので本当に美しいと思いました。
遠い昔マルコポーロが「世界で一番華やかな街」と称賛したのもうなずけます。
いつか杭州にゆっくり滞在してみたいと思います。
明日から、『寒山寺で聞く除夜の鐘と江南水郷めぐり5日間』に行ってきます。
NH929で杭州へ、明日は杭州に泊まります。
翌日は、烏鎮へ。烏鎮西柵地区にできた新しいホテルに宿泊です。
3日目、大晦日は、東洋のベニスともよばれる蘇州へ。
そして今回のツアーのポイントでもある、寒山寺というお寺での年越しイベント(除夜の鐘イベント)に参加します。
かなり深夜にホテルに着予定‥。
4日目元旦です。蘇州からバスで30分ほどの『ろく直』へ。
その後、上海へ移動して、夕食は蟹全席、そして和平飯店でのオールドジャズを楽しみます。
上海での宿泊は、浦東エリアの5☆ホテル“東方賓江大酒店”です。
5日目最終日は出発まで自由行動になります。
そして、NH960にて帰国‥。
行ってまいります。
中国五千年倶楽部の忘年お食事会が、新宿の華王飯店でありました。
中国好きの皆さんと楽しいひとときを過ごせました。
お料理、おいしかったです。オーソドックスな小龍包もあれば、工夫をこらしたメニューまで。
忘年会続きだったので、“今日は少し控えなきゃ”と思っていたのに、
最初の一口を食べた瞬間にそんな思いはどこかへ飛んで行ってしまいました。
お料理は、お店のかたが取り分けてくれましたので食べる私たちはラクです。
また、お店のご主人が料理が出される度にそのお料理の説明も丁寧にしてくれました。
「海鮮お刺身サラダ」
水菜・にんじん・イカ・ホタテなどをドレッシングであえてあり食べやすかったです。
生臭さが全くありませんでした。
「牛肉の柚子胡椒炒めサンド風」
柚子胡椒の香りがとてもよく、包子と合っていました。
「芝海老とカニ肉ととびっこの卵白炒め」
海老のプリプリ感と卵白のふわふわ感が絶妙!です。
「アワビ茸と天然海苔の煮込み」
アワビ茸‥中国のウイグルのほうではよく食べられているそうで、食感がアワビに似ているためこう呼ばれるそうです。
天然海苔は香りがよく、しっかりした歯ごたえもありました。
写真を撮り忘れましたが「小龍包」もでました。
「カレイの香草蒸」
中国名は香菜、英語ではコリアンダー、タイ語ではパクチーと呼ばれるセリ科の野菜(香草)が入っていましたが、そんなに匂いはきつくなかったです。
さっぱりとした仕上がりでした。
「坦々麺」
坦々麺は四川料理を代表する麺料理です。
本場四川の坦々麺は汁なしだそうですが、日本では汁ありが一般的です。
ここの坦々麺も汁ありでした。四川料理ですから、ピリ辛でした。
「杏仁豆腐」
デザートです。
固すぎず、軟らかすぎず、たくさんのお料理をいただいた後にはこの位の固さがちょうどよいと思いました。
また行ってみたいと思うお店がひとつ増えました。
~華王飯店~新宿区西新宿7-14-12 Tel:03-3361-1150
今年1月から菜根譚を学び始めてもう8ヶ月がたちました。
今まで教えていただいた中で私が一番好きな句を紹介します。
《中文》
風來疎竹、風過而竹不留聲。
雁度寒潭、雁去而潭不留影。
故君子事來而心始現、事去而心隨空。
《訓読み》
風 疎竹に来たる、風過ぎて竹に声を留めず。
雁 寒潭を度る、雁去りて潭に影を留めず。
故に君子は事来たりて心始めて現われ、事去りて心随って空し。
《訳文》
疎らな竹林にそよ風が吹き入ると、竹はおのずからさやさやと声を発するが、
風が過ぎ去れば再びもとの静けさに戻る。
雁が寒潭の上を飛べば、潭水に影を映し、飛び去れば潭水にはその姿を留めない。
君子の心もかくの如くで、物事が眼前に生じたとき、始めて心が活動し、
物事の完了と同時に、心もまた空虚静寂の境地に戻る。


新宿の刀削麺荘にてお食事会がありました。
西安から招聘したシェフが作る西安料理、辛かったです。西安に行った時の記憶を辿ってみても、料理こんなに辛かったっけ?と思ってしまいました。たしかに回族の料理は辛かった記憶はありますが‥。
写真左は、“鶏肉と唐辛子のピリ辛炒め”ですが、ピリ辛どころではありません。唐辛子を除けても辛くて‥。
写真中は、“辛い刀削麺”、写真右が“辛くない刀削麺”です。
辛くない刀削麺は、辛くないので食べやすかったです。
写真にはありませんが、にんじんの冷菜やナスの山椒揚げも激辛!
小龍包や鉄鍋餃子などは美味しかったですよ。
そうそう、西安は餃子が有名です。徳発長という有名店で食べた『餃子宴』、餃子づくしでしたが美味しかったです。
1月から『菜根譚』を学ぶ講座にでています。
菜根譚‥明代に洪自誠が著した人生の指南書。
儒教、仏教、道教三つの教えを融合し、前後二集からなっています。
「菜根譚」という書名は宋代の汪信民の『菜根を咬み得れば百事為做すべし』という言葉から得たもので、
菜根のように淡白に甘んじ、清貧な生活に安じて、人生を送れば困ることはない、という意味なのだそうです。
講座は台湾出身の高本康弘先生が熱心に教えてくださいます。
内容は難しいのですが、おもしろいです。
毎回、原文を中国語で朗誦するのですが中国語ができたらもっといいのに‥と思います。
1月30日(月)、JL780便(08:25発)にて帰国です。
6:10にホテルを出発なので、4:15に目覚ましをかけました。
比較的空港に近い(30分)ホテルでしたのでまだよかったと思います。
約2時間45分のフライトで成田に到着しました。
3泊4日、出発も夕方、帰国も早朝だったので短い日程でしたが楽しめました。
せっかくの北京王府井なので、おいしいお茶を飲みたいと思いました。
王府井大街に面している『呉裕泰』というお店を見つけました。
建物もきれいだし、1階はショップになっているようですが店内もきれいなのでここなら間違いないだろうと思い入ってみました。
昨日ツアー途中にお茶屋さんに1件行ったことは行ったのですが、やはりツアーで連れて行かれるお茶屋さんはイマイチでした。
2階が茶館になっています。
2階に上がってみてびっくりです。とてもおしゃれな店内なのです。
お茶の値段も全体的にちょっと高めでした。
ひとつの茶葉で数人でシェアできるので、『精品鉄観音』というお茶を頼みました。
180元(日本円で約2700円)もします。3人だったのでいいよね、ということで‥。
日本で一人900円だとそんなに驚かない金額ですが、こちらではお昼が一人10元で食べられることもあり金銭感覚が狂ってしまいそうです。
お茶、おいしかったですよ、とっても。
ホッとくつろいだひとときでした。
今回宿泊した『華潤飯店』は、朝陽区にあります。第四環状線の近くにあります。第三環状線までが中心部と言われているのでちょっと中心部から離れていますが、空港からは30分弱と遅く着いて早く帰る今回のような旅行には便利でした。
地下鉄の駅からも500m、徒歩約7分位ですので苦になりませんでした。
タクシーでは、王府井まで24元だったそうです。
ホテルは23階建で最上階にはレストランがありました。宿泊した部屋は17階の1706室、右の2枚の写真は部屋から撮った物ですが北京市中心部に面していたようです。
部屋は広々としていて使いやすかったです。TVのチャンネルは70近くありました。が、残念なことにNHKはありませんでした。
明・代の皇帝が天に五穀豊穣を祈った場所です。
明代1420年の創建で、総面積273㎡、現存する中国最大の祭祀建造物です。
『祈念殿』は大変有名ですが、あいにく工事中のため今回は見ることができませんでした。
圜丘(写真左)‥石造りの三層の段で、建物はありません。ここは皇帝が神に直接祈る場所で、真の天壇と言えるのかもしれません。明・清代には毎年冬至の日に、斎宮で身を清めた皇帝がこの圜丘でその年に起きた重要な出来事を天帝に報告しました。最上壇の中心点の上で小声でしゃべると、その人には自分の声が反響してはっきりと聞こえるそうです。古代中国において9は皇帝の数字であり、各層の欄干、階段の数はすべて9の倍数となっています。
皇穹宇(写真右)‥高さ19.5m、直径15.5m、青い屋根の円錐形の木造建築で、祭祀の際、ここに皇帝の先祖の位牌を置きました。
回音壁という灰色の円形の壁で囲まれており、この内壁は音が反響するので有名です。壁の左右に分かれて小声で壁にささやくと180度反対の所にその声が伝わるそうですが、現在では柵に覆われて、残念ながら一部でしか試せません。
天壇には午後4時頃迄いましたが、気温は2℃でした。
珍妃井‥清代末、光緒帝の愛妾珍妃は、清の改革運動である変法自強運動を支持したことから西太后の恨みをかい、光緒24年(1898年)、戊戌の新政の失敗後、景祺閣背後の小院内に幽閉されました。
1900年の義和団事件の際、8ヶ月連合軍が北京に侵入した混乱の最中、楽寿堂を出た西太后は、景祺閣裏に現れると軒下に座り、珍妃を連行するように命じました。
そして現れた珍妃に、西洋人からの陵辱を免れるため、井戸に飛び込み自殺するように命じました。
嫌がる珍妃を無理やり井戸に投げ込み、まだ25歳の彼女を殺してしまったのです。
1年後、珍妃の遺体が引き揚げられ、井戸の北の小屋の中に霊牌が建てられ、この小屋は懐遠堂と名づけられました。
後にこの井戸は“珍妃井”と呼ばれるようになりました。
九龍壁‥皇極門の南対面にある長さ29.4m、高さ3.5mの巨大な瑠璃装飾の壁です。9匹の龍が宝珠と戯れる様が描かれています。北海公園の九龍壁、山西省大同のの九龍壁と合わせて中国三大九龍壁と呼ばれ、ここの九龍壁は大きさは最少ですが、すっきりとした龍の彫刻は見事です。
“九”は最大の陽数、“五”は中央の陽数であることから、“九、五”は皇帝の尊さを代表すると考えられています。九龍壁の壁面は270個の瑠璃片でできていますが、この数も“九”と“五”の倍数です。
東側から3番目の白龍の腹部には、彫った木片がはめ込まれています。これは製作時に不注意で、この部分の瑠璃片を割ってしまったため、処罰をおそれた職人達が彫刻した木片をうまく塗装して乾隆帝の眼をごまかしたものが、年月を経て塗装が剥げたと言われています。
太和門(写真左)‥明代永楽18年(1420年)創建で、当初奉天門と呼ばれましたが、嘉靖41年(1562年)、皇極門と改称、そして清代初年に現代の太和門と呼ばれるようになりました。
明代の文武官達は、毎朝明け方に太和門に集まって皇帝を待ち、皇帝は大臣達の朝拝を受け、政務を処理しました。このことから「御門聴誠」なる言葉が生まれましたが、清代初めには「御門聴政」の場所は乾清門へ移りました。
この朝礼に遅れたり倒れたりすると処罰され、午門の前で「廷杖」されました。また、冬の寒さのためここで凍死した人もいたと言われています。
太和殿(写真右)‥あいにく工事中でした。明代永楽18年(1420年)の創建で、金鑾殿とも呼ばれます。初めは奉天殿と言いましたが、嘉靖41年(1562年)皇極殿と改称し、清代順治2年(1645年)現在の名称に改められました。現存する建物は、清代康煕34年(1695年)に再建されたものです。
故宮の「三大殿」の中でも最も重要な建物で、現存する中国最大の木造建築でもあります。明代清代には皇帝の重要な儀式は全てここで執り行われました。
午門‥故宮の正面入口で、子牛の方向にあることから“午門”とよばれています。明の永楽18年(1420年)の創建ですが、明代嘉靖、万暦年間に2回の火災に遭い、天啓7年(1627年)に修復され、その後、清代順治4年(1647年)に改修されました。
正面中央の門は皇帝専用で、皇帝の出入時以外は閉じられていたそうです。正面左右の脇門は、普段は文武官や王侯貴族などの専用門でした。東脇門は文武官、西脇門は王侯貴族が出入りしました。
午門前の広場は、明代には役人の「廷杖」という処罰が行われた場所でもありました。当時、杖で打たれた役人の数は非常に多く、死者も珍しくなかったそうです。
左は正面からの午門、右は裏(大和門)からの午門です。
2日目です。市内観光が始まりました。8:00にホテルを出発し北京市内へと向かいます。
天安門広場‥総面積40万㎡の世界で最も広い広場のひとつで、50万人を収容できる大集会場にもなります。1964年6月4日未明に起こった“天安門事件”はまだ記憶に新しいところです。
前に来たときよりも人が少ないような気がします。中国人観光客の姿があまり見えません。
右の写真は、左から“毛主席紀念堂”・“人民英雄紀念碑”・“人民大会堂”となります。
毛主席紀念堂‥1976年毛主席の死去に伴って作られました。中には、水晶で作られた棺の中に毛主席の遺体が安置されています。
人民英雄紀念碑‥天安門広場の中心にそびえる高さ38mのオベリスクで、石は青島産。新中国成立のために戦い、殉死した人々を追悼する記念碑で、1958年4月に完成しました。
人民大会堂‥天安門広場の西側にある会議場で、日本の国会議事堂にあたります。1959年9月に落成、南北336m、東西336m、高さ46.5m、正面南北にわたって18本の大円柱が並びます。内部には1万人を収容できる「万人礼堂」(会議室のこと)があり、ここでは全人代(全国人民代表大会)をはじめ党や政府の重要な会議が開かれます。
春節の北京に行ってきました。
中国五千年倶楽部謝恩ツアーで、2006年1月27日(金)~30日(月)の3泊4日です。
往復JAL利用、ホテルは4☆で29,800円です。
2日目は1日観光ですが、3日目は自由行動です。北京は2度目なので自由行動があるのは嬉しいです。
行きは夕刻出発便なので、有休も1日半ですみました。
1月27日(金)JL789便(18:10発)にて北京へ、帰省される中国人のかたが多く満席でした。
国道?を利用して1時間10分、16:10に陵水に着きました。
バスを降りて、ゴンドラリフトを利用し『猿島』へ行きました。
島の中では、猿が放し飼いになっています。(もしくは野生の猿か‥?)
係の人に付いて、島の中をまわりました。
一般人は猿に襲われてしまうことがあるようです。係の人は、みな黄色い服を着ているので襲わないそうです。
お猿さんの中で「黄色=怖い」ということになっているようです。

(左)芸をするお猿もいます。
私達は、17:00からのお猿のショーを見ました。
(右)夕方だったのでお猿さんの食事時間でした。
時間になると、係員が餌をまくのですが、あちらこちらからたくさんの猿が集まってきます。
猿島で1時間半過ごした後、三亜に戻りました。
英州から高速道路を利用して、約1時間強で三亜市内(夕食のレストラン)に着きました。
興隆康楽園ホテルからバスで10分程で『興隆熱帯植物園』に到着です。
ここでは、珍しい植物を見ることができました。
数十種類の植物やフルーツが栽培されているそうです。


バニラ(香草蘭)は600平米から僅か20kgしか採れないそうです。
写真は左から、バニラ・コーヒー・胡椒です。


左から、苦丁茶・カカオ・スターフルーツです。
スターフルーツはよく食べますが、木に生っているのは初めて見ました。
植物園の見学の後は、お茶やコーヒーの試飲をすることができます。
係りの女性が、バニラ緑茶・苦丁茶・コーヒー・ココナッツコーヒー・ココアコーヒー等いろいろ‥。
気に入れば隣接のお店で購入も可能です。
一般にツアーで連れて行かれるお土産屋さんよりは値段は安かったです。
胡椒(粉50g)が4元、バニラ緑茶(100g)が28元等‥。
バニラ緑茶は珍しいので私も買ってみました。
バニラの香が甘いのですが、緑茶がベースなので飲むとさっぱりとしています。
約1時間半の見学&ショッピングを終えて、15:00に陵水へ向かいました。
2日目、12月31日(土)です。
9:00にホテルを出発しました。まず、『黎族風情園』へ向かいます。
海南省(海南島)は、約3.4万平方キロで九州とほぼ同じ大きさがあります。
人口は800万人でその内120万人がリ族(リ族は海南島にのみ住んでいます)、60万人がミャオ族(雲南省にもいます)、2万人が回族、その他が漢民族だそうです。
三亜の人口は約50万人だということです。
その“リ族”の民族村のような所に向かっているのです。

風情園では、上の写真のようなリ族のショーを見ることができたり、またこの2枚の写真のようにリ族の生活・習慣などに関係するものを見ることができます。
ここまでは、ホテルから高速道路(島に2つある内のひとつ:東線)を使って約50分くらいです。
約1時間の見学の後、再び高速道路で「興隆」へ向かいました。
海南島三亜市内の大東海に面して建つ5☆ホテルです。
ロビーは4階、レストラン・屋外プールは1階です。
私の部屋は8階の6805室、着いた時は暗かったのでわからなかったのですが、窓からは海が見えました。ちょっとラッキーでした。
部屋は広々していて床は木でしたのでくつろげました。バスルームのアメニティも充実しています。
朝食のレストランから撮りました。
海がすぐ前に見えます。
椰子の木もあって南国ムードたっぷりです。
プールもあります。
2泊といわずゆっくり滞在してみたいと思いました。
三亜山海天大酒店(SANYA SHANHAITIEN HOTEL)
中国海南三亜市大東海(Dadonghai Bay, Sanya,Hainan China)
今回は二つのシェラトンに宿泊しました。
成都の天府麗都喜来登大飯店(シェラトン リド)、九寨溝の九寨溝喜来登国際大酒店(シェラトン)です。

9月24日に宿泊しました。
成都の天府麗都喜来登大飯店(シェラトン リド)、1218号室です。

9月25~26日に宿泊しました。
九寨溝の九寨溝喜来登国際大酒店(シェラトン)、2234号室でした。
成都のシェラトンに比べるとやはりちょっと落ちるような‥。でも十分立派です。



9月27~28日、再び成都に戻ってきました。
天府麗都喜来登大飯店(シェラトン リド)、1106号室です。
ちょっと変わった形をした部屋でしたが最初の日に泊まった部屋より広いようです。
ソファーも大きくて寛げました。
お部屋のアメニティは一通りの物は揃っています。不便はありませんでした。
石鹸は“ラベンダーの香り”でした。



6日目(9月29日)最終日です。5:00モーニングコール、6:10ホテル出発、早いです。
7:40のCA4305にて広州へ、9:30広州着、広州で中山紀念堂を見学し、飲茶の昼食です。
市内の「北園」というレストランでいただきました。
幾つかのお料理はあらかじめ決まっていたのか出てきましたが、それ以外は好きなものを食べてよいとのことでした。
写真にもあるように自分たちで取りに行きました。
美味しかったです。今回のツアーで一番美味しかったと思います。
現地のかたもたくさん食べに来ていました。
JL604便にて東京へ。14:50発の予定でしたが、出国審査がとても混んでいて1時間10分遅れで16:00に広州白雲空港を出発しました。
20:50成田空港着、今回の旅行も無事に終わりました。
パンダの後、市内に戻り夕食の前に1件お土産屋さんに寄りました。
お茶の専門店かと思っていたらフツーの一般的なお店でお茶もあることはあったのですが味も質もイマイチでした。お昼の飲茶で胸焼けしてちょっと気分が悪くなっていたので、胃薬を飲んで夕食に備えました。
夕食は四川名物?火鍋でした。
写真の通り、鍋は真ん中で仕切られており赤いスープは激辛、白いスープは辛くないものでした。
私、まだ気分が悪かったので火鍋は食べられませんでした。が、興味があったのでちょっとスープの味見をしてみました。赤い方は辛くてとても食べられたものではありませんでした。
他のテーブルで現地のかたが食べていましたが、皆さん赤いスープのみ!さすがです。
鍋の具は、野菜・肉などいろいろありましたが肉では内臓系もあったようでした。
食事の最後に「小豆のお粥」がでましたので、このお粥だけいただきました。
ちょっと甘くて辛いものの後にはちょうどいいと思いました。

19時10分頃に海抜3600mに位置する九寨黄龍空港へ着きました。
予定のフライトは、CA4486成都行き19時50分です。やはり空気が薄いので動くのがたいへんです。持っていた酸素ボンベは機内には持ち込めないので使い切ってしまわないと‥。
残念なことにというかやっぱりというかフライトが遅れることになりました。中国では、どのくらい遅れるかのアナウンスがないことが多く、今回も同様で‥。不安なまま待っていました。右の写真は、待っている時に写したものですが、リッツの袋がパンパンになっています。
飛行機は約1時間遅れの21:00頃に離陸しました。飛行機の中は気圧の調整がされているのでホッとしました。
乗ってしまえば成都までは45分程の空の旅‥みんなホッとしているような表情でした。
成都では1日目と同じ、天府麗都喜来登大飯店(シェラトン リド)に宿泊です。今夜と明日は1106室に泊まります。1日目の部屋とつくりがちょっと違いますが広いような気もします。
この後は川主寺鎮のホテルで夕食をとり空港へ向かうことになります。
写真左は川主寺鎮へ向かう道中、道路脇にいた「ヤク」です。ヤクの干肉はお土産として売られていました。
写真中は夕食を食べたホテル「岷江源国際大酒店」です。一昨日の昼食もここで食べる予定でした。が、時間がなかったため料理をピックアップして車内で食べることになりました。
そして写真右はいよいよ空港へ近づいた時、車内から見えた山です。とてもきれいだったので写真撮りました。
バスのドライバーさんもこんなきれいなのは見たことがないと言って携帯のカメラで撮っていました。でも、特に名前のある山ではないそうです。
樹正群海が終わったところで今日の九寨溝の観光は終わりです。
水辺に、チベット族の水車とマニ車がありました。
水車小屋を囲むように付いている旗は「ルンタ」(別名タルチョー)といいます。経文を印刷した魔除けと祈りの旗です。ルンタは主に、青・赤・白・緑・黄の五色で、青は空・赤は火・白は雲・緑は水・黄は土を象徴しています。
また、旗の中央には「風」「速さ」を象徴する馬が描かれていて、これは願い事が早く成就すること意味します。
そして馬の周りに、虎(タク)・雪の獅子(センゲ、日本語では『麒麟』と呼ばれる架空の動物・鳳凰(キュン)・龍(テゥク)が描かれています。生命力を高め、幸運、富、健康に恵まれるようにとの願いがチベット語で書かれています。
マニ車:チベット仏教で「スン」と呼ばれる経文が巻かれていて、心身込めてマニ車を回せば回した分量の真言を唱えたことと同じ功徳があると言われているそうです。
3日目(9月26日)いよいよ九寨溝の観光が始まります。8:30にホテルを出発、バスで約10分で九寨溝の駐車場に到着しました。駐車場から九寨溝入口までは徒歩15分位かかります。そこでは入場するためにパスポートが必要だったり写真を撮ったり(入場券に写真が印刷されていました)と入場券を買うための手続きが大変です。私達は今日と明日の2日間有効な入場券(220元)を購入しました。
九寨溝‥成都の北約450kmの所にある総面積720k㎡の景勝地で、岷山山脈に位置した中国でもっとも美しい自然景観と絶賛される秘境。溝内には九つのチベット族の村(寨)があることから「九寨溝」と称されるようになりました。Yの字の形に流れる則査娃、日則、樹正という3本の大きな溝からなっています。溝の中に5つの大きな風景区があり、そこには114の高山湖泊(海子と呼ばれる)、47の泉、17の滝、5つの湿地、11の急流が点在し、その透明度の高い水面に周囲の緑や雪山の白が映える様はとても見事な景観です。1992年に黄龍と共にユネスコの世界自然遺産に登録されました。
今日は日則溝と樹正溝の二つを、明日残りの則査娃溝を観光することになりました。
九寨溝はとても広いのでバスでまわります。まず初めにYの字の真ん中の部分に当たるところに位置している『諾日朗瀑布』へ行きました。海抜は2365m、九寨溝を代表する滝で270mの幅があり、落差は24.5m 迫力満点でした。
2日目(9月25日)、CA4497便にて成都空港より九寨黄龍空港へ向かいます。離陸予定時刻は11:45でしたが、約1時間ほど遅れて12:40頃の離陸となりました。九寨黄龍空港迄、40分のフライトです。機内ではミネラルウォーターとクッキーのサービスがありました。13:20九寨黄龍空港着、海抜3600mにある空港です。何となく空気が薄いような‥。これからは深呼吸とゆっくりと歩くことを心がけたほうがいいようです。気温は7℃、かなり寒いです。
空港から黄龍へはバスで約2時間、途中3900mの峠を越えたり、昼食のお弁当(飛行機が遅れたため予定していたレストランで食べる時間がなくなったので車内にてお弁当になりました)をピックアップ、また酸素ボンベを購入したりして15:30頃に黄龍へ着きました。
黄龍‥成都からおよそ400kmの所にある全長7.5km、幅約350mの谷間、黄龍溝を中心に広がる風景区で、1992年にユネスコの世界自然遺産に登録されました。渓谷にそって大小3000を超す湖沼が棚田状に連なっています。射し込む太陽光線の強弱などにより、湖沼は青色や黄緑色に輝きます。黄色い石灰岩盤上を下り落ちる水の流れが黄色い(黄金の)龍のように見えたことから黄龍と名付けられたそうです。
20:00に華龍山荘というホテルのロビーで再集合となり、約4時間自由行動になりました。標高が高いため各自のペースで散策する、高山症状がでたら無理をせずに引き返すことができるからのようです。黄龍の入場料は220元でした。
黄龍は入口でも3200mあり一番高い所では3500mを越えるそうです。片道約4kmほどになりますが、早い人で行きが1時間半~2時間、帰りが1時間~1時間半かかるとのことでした。私達は、途中で引き返すことにしました。途中、高山病で倒れている中国人の女性を見かけましたし、また、動悸がする‥とおっしゃっていた同じツアーのかたもいました。
集合後、華龍山荘内のレストランにて夕食になりました。が、みなさんあまり食欲がないようです。やはり高山症状がでているのでしょうか?夕食後、宿泊地である九寨溝まで再び移動です。20:30黄龍を出発しましたが、途中降雪とのことで通常2時間半の道のりが3時間かかるとのことでした。街灯などありませんので本当に雪が降っていたかどうかは定かではありません。
23:45に九寨溝喜来登国際大酒店(シェラトン)に到着しました。これから2日間、2234室でお世話になります。
長い1日でした。寝る頃になって何となく頭が痛いような気が‥これって高山病?
1日目(9月24日)、JL603にて成田から広州へ、国内線CA4302にて広州から成都へと乗り継いで四川省成都へ着きました。
着後『陳麻婆豆腐店』にて四川料理の夕食です。「陳」は名字、「麻」は“あばた”の意味だそうなので、陳さんというあばたのあるお婆さんが作った豆腐料理、今から約140年前に材木を運ぶ人達のために安く手早くできて栄養のあるものを‥と考えられたそうです。
麻婆豆腐の味は‥とても辛いです。唐辛子の辛さ+山椒の痺れるような辛さでした。
21:00、天府麗都喜来登大飯店(シェラトン リド)に到着しました。さすが5☆、とても豪華です。私のお部屋は1218室、バスタブとシャワーブースが分かれているのでよかったです。
明日はいよいよ九寨溝黄龍へ‥。
9月24日~29日迄、クラブツーリズムの【神秘の九寨溝・黄龍 デラックス周遊6日間】に参加して四川省へ行ってきました。九寨溝・黄龍は1992年に世界自然遺産に登録され、最近はTV等でもよく紹介されるようになりました。このツアーを選んだ理由は、成都⇔九寨溝は航空機利用・全泊5☆シェラトン指定・成都ではパンダ繁殖研究センターにてパンダとの記念写真プレゼント、等です。黄龍の標高が高いので高山病が心配でした。
9月18日は中秋節です。
西新宿にある台湾料理店「山珍居」にて中秋節お食事会がありました。中秋節とは春節に次ぐ大節句で、陰暦の8月15日、十五夜に月を祀り、秋の収穫を祝って他の神様を祀る日とされています。家族揃って月餅を食べながら月を眺める習慣があるそうです。
メニューは、小三品(小料理三品)、冷菜(前菜)、老肉青菜、穴子とまこもの炒め物、炒肉白地参、冬瓜スープ、炒米粉、豆乳で作った杏仁豆腐。そしてスタッフが添乗の際に上海より購入してきた月餅二種(黒ゴマ餡、芋餡たまご入り)もいただきました。
写真は、左から冷菜、穴子とまこもの炒め物、炒米粉です。冷菜の腸詰は自家製だそうです。今までに食べた腸詰よりも美味しかったです。また炒米粉(ビーフン)も薄味で美味しくいただきました。
巣鴨にある「モンゴル料理 シリンゴル」でお食事会がありました。
モンゴル出身の有名なお相撲さんも訪れるお店だそうです。
初めてのモンゴル料理、いただいたものは、スーテーチャイ(モンゴルミルクティ)、
ボーブ(モンゴル揚げ菓子)、冷菜3種(ジャガイモとピーマンの和え物)
(胡瓜と大蒜のピリ辛合え)(豆腐とねぎの和え物)、ボーズ(羊肉蒸し饅頭)、
バンシ(羊肉水餃子)、チャンサンマハ(羊肉塩茹で)←メイン料理(写真右)、
シュルテホール(羊肉うどん)、デザート(揚げ蒸しパン)。
ミルクティは岩塩が入っているので少ししょっぱかったです。前菜は大蒜のきいたピリ辛の中華料理の味でした。
ボーズは小龍包の羊肉版、バンシは水餃子の羊肉版といった感じがしました。
メインのチャンサンマハは食べ応えありました。骨付き羊肉、私達は食べ慣れていないためきれいに食べることが難しかったのですがモンゴルのかたは肉を残すことなくきれいに召し上がるそうです。
シュルテホールは食べやすい味、日本のうどんに似ています。揚げ蒸しパンには、コンデスミルクをつけて食べました。
せっかくなので馬乳酒も飲んでみました。馬の乳を醗酵させて作ったお酒ですが、アルコール度は低く飲むヨーグルトを酸っぱくしたような味でした。
料理が温かいうちに食べれば羊肉の臭いもそんなに気になりませんでした。初めてのモンゴル料理は大成功?
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