« 国立民俗博物館 | Main | 仁寺洞で、ライむぎくるみまんじゅう »

March 22, 2010

景福宮

続いて『景福宮』へ‥。
王宮内は似たような建物ばかりなので、はっきり言ってどこを見たのか殆ど覚えていません。
その上、写真もあまり撮っていないので、上手くご紹介できずにスミマセン。
日本語で詳しく書かれたパンフレットをいただいたので(英語・中国語も用意あり)、帰ってきてから読んでみました。
事前に読んでおければよかったなと思いましたが、次回行く時にはしっかり予習したいと思います。

景福宮は1395年に創建した朝鮮王朝第一の法宮(王様の住む宮廷)です。北に北岳山、正門である光化門の前に広い六曹通り(今の世宗路)が開かれた漢陽(ソウル)の中心でした。後に拡張と重建を繰り返す中、1952年の文禄の役の際、全焼してしまいました。その後、景福宮は約270年間修復されることなく放置されていましたが、1867年に高宗の実父・興宣大院君の主導で再建されました。再建された景福宮は、約330棟の建物が迷路のようにぎっしり立ち並んだ雄大で荘厳な姿でした。宮廷内には王と役人たちが政務を担当する外殿や官庁、王族と宮人たちの生活のための内殿、休息のための庭園施設を造成しました。また、王妃の中宮、王世子の東宮、高宗が建てた乾清宮等、多様な宮が複雑に建っていた宮廷複合体でもありました。
しかし国権の象徴だった景福宮は日本の植民地時代計画的に毀損されました。1911年に景福宮敷地の所有権は朝鮮総督府に移り、1915年には朝鮮物産共進会を開催するという名目で主要殿閣のいくつかを除いて90%以上の殿閣が取り壊されました。朝鮮物産共進会を契機に、日本は景福宮を本格的に破壊し、朝鮮総督府庁舎を建てて、宮廷を隠してしまいました。1990年から本格的な復元事業を推進して昔の朝鮮総督府の建物を撤去して興礼門一帯を復元し、内殿と東宮圏域も元の姿を取り戻しつつあります。


138
慶会楼(国宝第224号)
王が臣下たちと規模が大きい宴会を開いたり、外国使臣を応対した所です。
池で舟遊びを楽しんで慶会楼に上がり、仁王山と宮廷の荘厳な景観を観賞したそうです。
(まわりが白く見えるところは池ですが、水が凍って雪が積もっています。)

141
勤政殿(国宝第223号)‥‥写真は後ろ側から撮影
勤政殿は景福宮の最高殿閣である法殿(正殿)で、その名前は“天下の事は勤勉であれば治まる”という意味を持っています。
宮廷で最も荘厳な中心建物として王権を象徴し、王の即位式や文武百官との朝会、外国使節の接見などの国家行事を行った所です。

151
勤政門(宝物第812号)
景福宮の正殿である勤政殿の正門として、1867年(高宗4年)、勤政殿とともに建立されました。
現存する李朝王宮の正殿正門のうち、唯一中層の建物として残っている門です。

154
興礼門
光化門と勤政門の南北の中心軸線上に位置する2階建ての建物です。
李朝の正宮である景福宮には古代東洋の法制にしたがい、全部で3つの大門があるそうです。
1つめが外側を代表する光化門、2つめが景福宮全体の大門である興礼門、そして3つめが朝礼が行われていた勤政殿の出入口である勤政門です。
楽しみにしていた王宮守門将交代儀式は、悪天候(雪)のため中止されました。


景福宮
ソウル市鍾路区世宗路1-56
tel 02-732-1931

|

« 国立民俗博物館 | Main | 仁寺洞で、ライむぎくるみまんじゅう »

2010年02月ソウルの旅」カテゴリの記事

Comments

あら、守門将交代は見ることができなかったのですか。
それは残念でしたね。でも、意外と長時間なので、寒い中立って見ているのはつらかったかも、と思いますよ。

Posted by: 美桜子 | March 23, 2010 10:35 PM

美桜子さん、そうなんです。
守門将交代が見れなかったんです
天気には勝てませんから仕方ない‥とは思いますが残念でした。
翌日、リベンジとばかりに徳寿宮へも行ったのですがガイドブックに書いてあった時間が違っていたのかそこでも見られなくって‥。
次回は見たいと思います♪

Posted by: Mickie | March 23, 2010 11:45 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 景福宮:

« 国立民俗博物館 | Main | 仁寺洞で、ライむぎくるみまんじゅう »