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June 03, 2007

ウズベキスタン(タシケント:ウズベキスタンホテル)

2006_0928_184654aa2006_0928_184328aa2006_0928_184255aa8:00にサマルカンドを出発してから約5時間半、13:25にタシケントのウズベキスタン・ホテルに到着しました。
ホテルのロビーでは、写真のお人形が迎えてくれました。

“中央アジアの首都”タシケントは、200万以上の人口を抱える大都会です。
中央アジアで唯一の地下鉄が走り、真っすぐ延びる道路にやたらと大きいビルが連なる、およそシルクロードの印象からはかけ離れた近代都市です。

オアシス都市としての歴史は長く、2000年前には「チャチ」という名で記録に現われています。
11世紀頃から「タシケント(石の町)」という名で呼ばれるようになりました。
シルクロードの中継点として最も栄えたのがこの頃でした。

モンゴル軍に破壊された後、ティムール帝国、シャイバニ朝時代になって町は復興します。
1809年にコーカンド・ハーン国の支配下に入った頃には、全長25kmの城壁に囲まれた人口10万の都市に成長していました。

しかし1865年に始まった帝政ロシアによる支配が、町の様相を一変させることになりました。
ロシア人の入植が続き、土塀が続く旧市街は、瞬く間に整然と区画された町並みに変わっていきました。
現在のアンホール運河を境に、東にはロシア人の町ができあがり、西のウズベク地域とは分割統治されました。

その境界も、1966年4月26日に町を真下から襲った大地震で、一挙に消え去ってしまいました。
ソ連各地から3万人以上の“革命的労働者”が投入され、わずか数年で町はまったく新しい近代都市に生まれ変わりました。

中心街を歩いている限り、現在のタシケントにシルクロードの風情を感じることはありません。
威圧的な警官に姿がやたらに目立ち、ソ連の匂いもいまだ強く残っています。
それでもタシケントは、現代中央アジアの交通の要衝です。
シルクロードを旅する際に、きっと避けては通れない町でしょう。

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