« January 2006 | Main | April 2006 »

February 2006

February 11, 2006

春節の北京から帰国

1月30日(月)、JL780便(08:25発)にて帰国です。

6:10にホテルを出発なので、4:15に目覚ましをかけました。
比較的空港に近い(30分)ホテルでしたのでまだよかったと思います。
約2時間45分のフライトで成田に到着しました。

3泊4日、出発も夕方、帰国も早朝だったので短い日程でしたが楽しめました。

| | Comments (0)

北京(全聚徳烤鴨店)

2006_0129_193430aa夕食は18時にロビーに集合して、『全聚徳烤鴨店』へ向かいました。
北京最後の夕食は、北京ダックです。
レストランまでホテルからはバスで約30分かかりました。

2006_0129_194937aa2006_0129_194952aa北京ダックが運ばれてくると、コックさんが私たちの目の前で手際よくきれいに切り分けてくれます。


2006_0129_195605aa2006_0129_195553aa北京ダックは、ネギや味噌と一緒にクレープのような皮(春餅?薄餅?)に包んでいただきます。
他にもお料理たくさん出たので、食べきれませんでした。

全聚徳烤鴨店
北京市朝陽区西埧河西里16号

| | Comments (0)

February 10, 2006

北京(王府井小吃街)

2006_0129_122717aa_22006_0129_174801aa『王府井小吃街』です。
“小吃”とは、日本語では“軽食”というような意味なので、軽食が売っている通りということです。
狭い道の両側に食べ物を売るお店が並んでいます。
夕方だったせいかこの通りはとても混んでいます。
みんな買った食べ物を片手に食べながら歩いています。

2006_0129_174431aa2006_0129_174406aa2006_0129_174706aaこんなものが売っています。
(左)巴西烤肉(シュラスコ)みたいですね。
(中)溂羊肉串(羊肉の串焼き)?
(右)クレープ風?


2006_0129_175205aa2006_0129_175336aa小吃街の中をすすんで行ったら、古い井戸(王府古井)がありました。
このあたりは、レストランが並んでいます。

| | Comments (0)

February 09, 2006

北京(中国茶館)

2006_0129_172812aaせっかくの北京王府井なので、おいしいお茶を飲みたいと思いました。
王府井大街に面している『呉裕泰』というお店を見つけました。
建物もきれいだし、1階はショップになっているようですが店内もきれいなのでここなら間違いないだろうと思い入ってみました。
昨日ツアー途中にお茶屋さんに1件行ったことは行ったのですが、やはりツアーで連れて行かれるお茶屋さんはイマイチでした。

2006_0129_161558aa2階が茶館になっています。
2階に上がってみてびっくりです。とてもおしゃれな店内なのです。
お茶の値段も全体的にちょっと高めでした。
ひとつの茶葉で数人でシェアできるので、『精品鉄観音』というお茶を頼みました。
180元(日本円で約2700円)もします。3人だったのでいいよね、ということで‥。
日本で一人900円だとそんなに驚かない金額ですが、こちらではお昼が一人10元で食べられることもあり金銭感覚が狂ってしまいそうです。

お茶、おいしかったですよ、とっても。
ホッとくつろいだひとときでした。

| | Comments (0)

February 08, 2006

北京(包子の昼食)

2006_0129_135405aaお昼は、『天津狗不理包子』というお店で食べました。
おしゃれなお店とかではなく、日本のファストフードのような感じのお店でした。
順府国胡同にあり、向かいには全衆徳本店がありました。
写真のような包子やお粥など食べて、5人で48元でした。
一人当たり10元弱、約150円です。
味はまあまあおいしかったと思います。観光客は他に姿を見ず、ローカルの人達ばかりでした。

| | Comments (0)

February 07, 2006

北京(王府井)

2006_0129_122017aa旧正月のせいかいつもより人の少ない王府井大街です。
“工美大厦”、知人はここで書道に使う“墨”を買ったと言っていました。
ここにあるマクドナルドは中国1号店だと聞いたのですが‥


2006_0129_123319aa2006_0129_122311aa(左)“献血車”を発見!にほんのそれと変わらないような気が‥。
(右)中国のポストです。
日本と違って色は緑色をしています。
左側は中国国内郵便、右側は国際郵便のようです。


2006_0129_123354aa2006_0129_123453aa2006_0129_124711aa(左)新中国児童用品商店、(中)北京市百貨大楼、(右)東安市場です。
旧正月でおめでたいので、お祝いの飾り付けがしてあります。
『福』という字も上下逆さまに掲げられています。


2006_0129_150506aa2006_0129_153855aa2006_0129_154131aa歩道には、このような作品があったり、サンザシ飴が売られていたり、逆バンジーのようなものまで‥。

|

February 06, 2006

北京(北京飯店)

2006_0129_115307AA“北京飯店”です。
古い感じはありますが、立地がよいので機会があれば泊まってみたいと思います。
そういえば‥以前北京に来た時にこのホテルに夕食を食べに来たことがあります。(多分、かなり高級中華だっとと)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 05, 2006

北京(地下鉄)

2006_0129_112250AA2006_0129_112136AA2006_0129_121409AA2006_0129_180058AA1月29日(日)3日目、今日は自由行動です。
地下鉄に乗って出かけることにしました。
ホテルからは、地下鉄『四恵東駅』が最寄駅になります。徒歩約15分弱位かかります。
地下鉄1号線で『王府井』まで、料金は3元、約16分で到着します。
切符は自販機ではなく『售票所』で行き先を告げて購入します。
乗り心地は、日本の地下鉄と大差はありませんが、古い車両もあります。

王府井駅の改札を出たところには、ミュージシャンもいました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 04, 2006

北京(華潤飯店)

2006_0129_183301AA2006_0128_002900AA2006_0129_101023AA2006_0129_101304AA今回宿泊した『華潤飯店』は、朝陽区にあります。第四環状線の近くにあります。第三環状線までが中心部と言われているのでちょっと中心部から離れていますが、空港からは30分弱と遅く着いて早く帰る今回のような旅行には便利でした。
地下鉄の駅からも500m、徒歩約7分位ですので苦になりませんでした。
タクシーでは、王府井まで24元だったそうです。

ホテルは23階建で最上階にはレストランがありました。宿泊した部屋は17階の1706室、右の2枚の写真は部屋から撮った物ですが北京市中心部に面していたようです。

部屋は広々としていて使いやすかったです。TVのチャンネルは70近くありました。が、残念なことにNHKはありませんでした。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 03, 2006

北京(爆竹&花火)

2006_0128_184014AA2006_0128_202326AA今年、中国では10数年ぶりに“爆竹”と“花火”が解禁されました。この日(1月28日)は旧暦での大晦日、夕方からあちらこちらで爆竹の音が聞こえました。

わかりにくいですが写真左は“爆竹”、右は“花火”です。
このようにあちらこちらで”爆竹と花火”を見ることができました。

夕食後、ホテルに戻りましたが部屋からも見ることができました。
市内中心部に宿泊していたらもっと近くで見ることもできたでしょう。でも、近くで見るにはちょっと危険のような気もしました。後からニュースで見ましたが爆竹による怪我人も多くでたようです。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

北京(天壇)

2006_0128_165458AA2006_0128_164430AA明・代の皇帝が天に五穀豊穣を祈った場所です。
明代1420年の創建で、総面積273㎡、現存する中国最大の祭祀建造物です。

『祈念殿』は大変有名ですが、あいにく工事中のため今回は見ることができませんでした。

圜丘(写真左)‥石造りの三層の段で、建物はありません。ここは皇帝が神に直接祈る場所で、真の天壇と言えるのかもしれません。明・清代には毎年冬至の日に、斎宮で身を清めた皇帝がこの圜丘でその年に起きた重要な出来事を天帝に報告しました。最上壇の中心点の上で小声でしゃべると、その人には自分の声が反響してはっきりと聞こえるそうです。古代中国において9は皇帝の数字であり、各層の欄干、階段の数はすべて9の倍数となっています。

皇穹宇(写真右)‥高さ19.5m、直径15.5m、青い屋根の円錐形の木造建築で、祭祀の際、ここに皇帝の先祖の位牌を置きました。
回音壁という灰色の円形の壁で囲まれており、この内壁は音が反響するので有名です。壁の左右に分かれて小声で壁にささやくと180度反対の所にその声が伝わるそうですが、現在では柵に覆われて、残念ながら一部でしか試せません。

天壇には午後4時頃迄いましたが、気温は2℃でした。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 02, 2006

北京(故宮博物院:神武門)

2006_0128_132833AA故宮の北門にあたります。
明代永楽18年(1420年)の創建で、伝統に従い玄武門と呼ばれましたが、清代康熙年間の再建後、神武門と改称されました。
この写真ではわかりにくいのですが、門には満州語・漢語による「神武門」の額がかかっていて、北外側にはさらに郭沫若の書による「故宮博物院」の文字が書かれています。

今回の故宮博物院は、通常のツアーよりも少し長めに見学することができました。
朝の天安門広場から約4時間、ずっと歩きっぱなしでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

北京(故宮博物院:珍妃井)

2006_0128_125614AA2006_0128_125605AA珍妃井‥清代末、光緒帝の愛妾珍妃は、清の改革運動である変法自強運動を支持したことから西太后の恨みをかい、光緒24年(1898年)、戊戌の新政の失敗後、景祺閣背後の小院内に幽閉されました。
1900年の義和団事件の際、8ヶ月連合軍が北京に侵入した混乱の最中、楽寿堂を出た西太后は、景祺閣裏に現れると軒下に座り、珍妃を連行するように命じました。
そして現れた珍妃に、西洋人からの陵辱を免れるため、井戸に飛び込み自殺するように命じました。
嫌がる珍妃を無理やり井戸に投げ込み、まだ25歳の彼女を殺してしまったのです。
1年後、珍妃の遺体が引き揚げられ、井戸の北の小屋の中に霊牌が建てられ、この小屋は懐遠堂と名づけられました。
後にこの井戸は“珍妃井”と呼ばれるようになりました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

北京(故宮博物院:九龍壁)

2006_0128_122058AA九龍壁‥皇極門の南対面にある長さ29.4m、高さ3.5mの巨大な瑠璃装飾の壁です。9匹の龍が宝珠と戯れる様が描かれています。北海公園の九龍壁、山西省大同のの九龍壁と合わせて中国三大九龍壁と呼ばれ、ここの九龍壁は大きさは最少ですが、すっきりとした龍の彫刻は見事です。

“九”は最大の陽数、“五”は中央の陽数であることから、“九、五”は皇帝の尊さを代表すると考えられています。九龍壁の壁面は270個の瑠璃片でできていますが、この数も“九”と“五”の倍数です。

東側から3番目の白龍の腹部には、彫った木片がはめ込まれています。これは製作時に不注意で、この部分の瑠璃片を割ってしまったため、処罰をおそれた職人達が彫刻した木片をうまく塗装して乾隆帝の眼をごまかしたものが、年月を経て塗装が剥げたと言われています。

| | TrackBack (0)

北京(故宮博物院にスタバ)

2006_0128_111811AA内廷の正門に当たる「乾清門」に向かって右側に『スターバックスコーヒー』がありました。
世界遺産の中にスターバックスって‥。
お値段は日本と変わらないかちょっと高かったようです。
残念ながら私は飲んでいないのですが、26元だと聞きました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

北京(故宮博物院:雲龍階石)

2006_0128_111201AA
2006_0128_111232AA雲龍階石‥三大殿のひとつである保和殿の裏、北側には石段があり、中央は御道と呼ばれ、皇帝のみが通行しました。この石段の中央には、“雲龍階石”とよばれる巨大なレリーフがあります。龍を彫刻した巨石で、故宮最大の石造物、重さは2百数十トンもあります。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

北京(故宮博物院:太和門・太和殿)

2006_0128_104011AA2006_0128_104518AA太和門(写真左)‥明代永楽18年(1420年)創建で、当初奉天門と呼ばれましたが、嘉靖41年(1562年)、皇極門と改称、そして清代初年に現代の太和門と呼ばれるようになりました。

明代の文武官達は、毎朝明け方に太和門に集まって皇帝を待ち、皇帝は大臣達の朝拝を受け、政務を処理しました。このことから「御門聴誠」なる言葉が生まれましたが、清代初めには「御門聴政」の場所は乾清門へ移りました。
この朝礼に遅れたり倒れたりすると処罰され、午門の前で「廷杖」されました。また、冬の寒さのためここで凍死した人もいたと言われています。

太和殿(写真右)‥あいにく工事中でした。明代永楽18年(1420年)の創建で、金鑾殿とも呼ばれます。初めは奉天殿と言いましたが、嘉靖41年(1562年)皇極殿と改称し、清代順治2年(1645年)現在の名称に改められました。現存する建物は、清代康煕34年(1695年)に再建されたものです。

故宮の「三大殿」の中でも最も重要な建物で、現存する中国最大の木造建築でもあります。明代清代には皇帝の重要な儀式は全てここで執り行われました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

北京(故宮博物院:午門)

2006_0128_101754AA2006_0128_104221AA午門‥故宮の正面入口で、子牛の方向にあることから“午門”とよばれています。明の永楽18年(1420年)の創建ですが、明代嘉靖、万暦年間に2回の火災に遭い、天啓7年(1627年)に修復され、その後、清代順治4年(1647年)に改修されました。

正面中央の門は皇帝専用で、皇帝の出入時以外は閉じられていたそうです。正面左右の脇門は、普段は文武官や王侯貴族などの専用門でした。東脇門は文武官、西脇門は王侯貴族が出入りしました。

午門前の広場は、明代には役人の「廷杖」という処罰が行われた場所でもありました。当時、杖で打たれた役人の数は非常に多く、死者も珍しくなかったそうです。

左は正面からの午門、右は裏(大和門)からの午門です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 01, 2006

北京(天安門広場・天安門)

2006_0128_095110AA2006_0128_100117AA2日目です。市内観光が始まりました。8:00にホテルを出発し北京市内へと向かいます。

天安門広場‥総面積40万㎡の世界で最も広い広場のひとつで、50万人を収容できる大集会場にもなります。1964年6月4日未明に起こった“天安門事件”はまだ記憶に新しいところです。
前に来たときよりも人が少ないような気がします。中国人観光客の姿があまり見えません。

右の写真は、左から“毛主席紀念堂”・“人民英雄紀念碑”・“人民大会堂”となります。
毛主席紀念堂‥1976年毛主席の死去に伴って作られました。中には、水晶で作られた棺の中に毛主席の遺体が安置されています。
人民英雄紀念碑‥天安門広場の中心にそびえる高さ38mのオベリスクで、石は青島産。新中国成立のために戦い、殉死した人々を追悼する記念碑で、1958年4月に完成しました。
人民大会堂‥天安門広場の西側にある会議場で、日本の国会議事堂にあたります。1959年9月に落成、南北336m、東西336m、高さ46.5m、正面南北にわたって18本の大円柱が並びます。内部には1万人を収容できる「万人礼堂」(会議室のこと)があり、ここでは全人代(全国人民代表大会)をはじめ党や政府の重要な会議が開かれます。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

« January 2006 | Main | April 2006 »